2001年05月08日

#524 有名人と飲んだときの話(2)


というわけでシリーズ第2弾をお送りします。


1988年のある日、ミロリイは仕事でお世話になっている人と、ある会合のあと飲みに行った。実家のすぐそばの、よくありがちなカラオケスナックだった。
「趣味悪(わる)!」
外観の第1印象は最低だった。地元民しか来ないような閉鎖的な空間っぽい。ぜったいこんな店の常連にはなりたくないぞ、と思った。このニュアンス分かる?親父の世界よ(笑)。
カウベルがチャリンチャリン鳴る扉を開け、店に入る。すると案の定、常連客とおぼしき連中が、騒がしく飲み食い、歌っていた。
「最悪!」
不吉な予感がした。自分の一番嫌いなシチュエーションが目の前に展開している、これから激マズの酒を飲んで、つまらない時間を過ごすのかと思うと、憂鬱になった。でももちろん、そんな気持ちはおくびにも出さなかった。
連れてきてくれたSさんはここの常連らしく、ママにも他の客にも挨拶している。
Sさんとのうつろな時間が過ぎていく。その夜はすでに3軒目で、同じ方向のSさんに「飲み直そうよ」と誘われての、酒だった。

ボックス席にはSさんと対面で座ったが、ミロリイの視線の方向に、どこかで見たことのある人間がいることに気がついた。
「あれ、だれだっけか?中学の同級生か?」と記憶を手繰ってみる・・・・・・、しかし誰だか思い出せなかった。
するとSさんがミロリイの表情を見てとったのか、視線の先を振り返った。
「あの人、だれだか分かる?」
「いえ、分かりません」
「スケートの黒岩」
「へー!同級生かと思った。どっかで見た顔だなぁって。でも、大きくないですね」
「言っとくよ」と言うやいなや、Sさんは席を立ち、「スケートの黒岩」こと黒岩彰の方へ歩いていった。そして黒岩を連れてこっちへ来た。
「どうも、はじめまして、黒岩です」

まさか、こんな場末のしょぼいスナックでオリンピックのメダリストと会えるとは思いもしなかったので、この展開にはびっくりした。
このとき黒岩は1988年のカルガリー五輪後、選手生活を引退し、母校の専修大学のスケート部の監督をやっているころだ。だからこんなところに出没していたんだ…。
「黒岩さん、うちの叔父が専修のスケート部でキャプテンだったんですよ、フィギュアだったけど」
「そうなんですか、じゃあ名簿で今度調べてみまス」
他愛のない話をした。Sさんと黒岩は仲が良いらしく、ミロリの知らない共通の友人の話をしていた。

190cm以上の巨漢というイメージがあったので(スピードスケート選手のイメージは清水宏保によって変わったが)、目の前の黒岩はそこいらのさわやか大学生というふうにしか見えなかった。話し方はとても気さくで、スポーツ根性物の作中人物のキャラクター造型とは最も遠くにいる感じがした。
話がひと段落つくと、黒岩はきりだした。
「実は僕、今度本を出したんですね。**さんにさしあげますので」
「いいんですかぁ、すいません、ありがとうございますぅ!」
と店の奥からママに持ってこさせた本がこれ(↓)。




『36秒77』黒岩彰・著(文芸春秋社・刊)


おそろしく内容のない本で、「1984年サラエボ五輪では金メダル候補として騒がれながら、実力を発揮できなかったが、4年後のカルガリーではやりきったので銅メダルでも悔いはない」と3行で説明できる本だった(爆笑)。

ところが、そのころはできあがって相当酔っ払っていたので、会計の際ぜんぜん気づかなかったが、

しっかりこの本の代金1200円徴収されていたんだよ!!!最低(笑)

なんてせこい奴なんだろうと思いました。

その後の黒岩の活躍はご存知のとおり。アマチュアスポーツのドン、西武の堤義明(JOC委員)に気に入られ、西武グループ入り、去年秋には西武ライオンズの松坂大輔投手の交通違反を身代わり出頭し、刑事告発されたことは記憶に新しいところです(超皮肉じゃーん<爆笑)。

2001年05月07日

#523 有名人と飲んだときの話(1)


#525を書いていたら、1985年に広田玲央名と飲んだことを思い出した。
西麻布にちょっとすかしたカフェバーがあり、女友だちが店員で働いていた。
たまたま遊びにいったとき、そこの常連客で来ていたのだ。
カウンターに座っていると「***ちゃんの彼氏?」ってむこうから話しかけられたんだ。それがきっかけで、いろいろな話をして盛り上がった。年を聞くと同じ学年ということが分かり、すぐに仲良くなった。


以下に書くことは、ふつうの読み物には絶対出てこない「この耳で聞いた」
超レア情報。



なんか知らないけど野菜の話題になった。そしたら「私、きゅうりは大っ嫌い」って吐き捨てるかのように言うの。
「なんで?」って聞くと、「きゅうりなんて河童のえさでしょ」って玲央名は答えた。
「???」……そこから彼女の幼児期のトラウマ体験が語られた。
札幌のマンションの部屋にひとりで遊んでいたとき、突然ベランダの窓がまぶしいくらいに光で覆われて、外が見えなくなったらしいの。で、その発行する光の筋の間から、うっすら「緑の物体」が見えてきたんだって!!!
「河童よ」玲央名は断言した。で、その「河童」がゆっくり部屋に入ってきたんだって。そこは高層マンションでその物体が人間であることは考えられないという………。
そして至近距離でその「緑色」の肌をした「河童」にぺろんとほほを撫でられたんだって!そのショックで失禁して記憶をなくしたって!!で、その色の触感がトラウマになって、きゅうりが食べられなくなり、それ以来憎しみさえ抱くようになったのだ、と。聞くとカマキリ、キリギリス、緑系の生き物はぜんぶ駄目らしい。

ミロリイは「それって宇宙人じゃないの?」って突っ込もうとしたが、玲央名の気迫に圧されてついに聞くことはできなかった。
その夜以来しばらく、札幌は「河童」がいる街として、ミロリイの中で恐れられていたが、いつしか忘れた。



もし今、玲央名に会ったら、もう一度聞いてみたいよ「河童」の話を(笑)。

2001年03月08日

#427 20世紀メモリアルデイ(2000年3月8日)

1年前、ある事件について、以下のような雑文を書いた。

週刊いんふぉまにあ #42  2000/03/09

昨日の中目黒の列車事故のニュース、
衝撃的でしたね。
まさかあんな場所で事故なんか・・・、想像だにしませんでした。
私は日比谷線は通勤では使っていないのですが、
昨日は午前中、銀座でこのメルマガを作成していて、
午後から自由が丘に仕事で行ったので、
時間しだいでは事故に遭遇する可能性もあり、
大ショックでした。

日比谷線が不通なので、渋谷経由で東横線で
自由が丘に向かいました。
中目黒の事故現場の間近を電車は通過したんですが、
じっさいこの眼で、えぐりとられて片側の壁とシートの無い、
車両を見たとき、「ぎゃー!!」って心の中で叫びました。

事故の凄惨さを想像しました。
満員電車だったんでしょ。
たまらんですよね。

私は5年前、1995年3月20日の地下鉄サリン事件のことを
思い出しました。
あの時も、昨日と同じく日比谷線の車両にサリンが撒かれ、
多数の死傷者を出しました。

事故で亡くなった方のご冥福をお祈りいたします。

2001年02月15日

#359 冷や汗


2001年2月14日午前4時、#357を更新して就寝。理解不能な怖い事が起こった。

夢うつつの中「もしもし」という声が聞こえてきた。意識がだんだん確かになると、それは夢ではなく実際の電話で人が言っている声だということに気づいた。
男の人が叫んでいる声が枕元の携帯電話から聞こえてきたのだ!「もしもしー!もしもしー!もしもーし!おーい!」10秒だか1分だか時間の感覚はなかったが、かなり長い時間、その男性は叫んでいた気がする。そしてぷちっと切れた。
見てみると水に濡れて壊れたと思っていた携帯電話は正常に作動していた。しかし、この通話は着信側ではなく発信側の記録に残っていた。しかもそのナンバーは知らない人のナンバーだった。
だとすると、ミロリイが寝ぼけて誰かに電話をしたのか?!まったく記憶にない。携帯に触った記憶がないんだ。携帯電話が自動的に電話したとしか考えられないんだ。携帯は無事、使えるようになった。
でもその男性、朝5時半に見知らぬ人間からの電話でたたき起こされたに違いない。

その翌日。

ただいま。どうしようもなくイカレテイル、ミロリイちゃんです。昨日書いた、原因不明の発信をした携帯電話の話、つづきがあった。実はなんと、店の女の子にもかかっていたんだって!!違う!俺はかけてないんだ、と必死の釈明。
冷や汗だらり、だす。でも、ミロリイの発信記録には残ってないの。どないなっとるんじゃ?
たぶん間違いなく自動的に電話がかかっているんだと思います。ミステリーじゃぁ。
(2001/02/15/03:50)

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