2004年07月19日

#2878 Hyppolyte Taine (1828-1893)



大学時代、中山公男先生の西洋美術史の授業でもっとも印象に残っている人。
フランスの美術史家。文学より転ズル。

"Philosophie de l'art"
一人の作家を、その作家の環境、時代性(実証的アプローチ)、カタログ作製(Inventaire Catalogue)、財産目録などから研究した。
中世より連綿と続くフランス王侯貴族の財産目録の記録方法が以後のフランスやイギリスの美術史学の礎となった。
その方法論として―――
Catalouge reasonne(類別全作品目録)。一人の画家に対して数人の美術史家が作る目録。
それは日本人がイメージする「カタログ」の概念とは大きく異なる。現在にいたるまでヨーロッパでは新刊をおろすことよりも展覧会のカタログを監修することのほうに価値と評価が置かれる傾向が強い。

≪題名≫
たとえば「印象派」の先駆的作品として史上もっとも有名なタブローのひとつ、クロード・モネの『印象・日の出』がカタログに監修されるまでには気の遠くなるような多くの研究と解釈・議論などを経て、その定説を醸成していった。『印象・日の出』は『印象・日の入り』であったかもしれなかった、という。絵の題名でさえ、人によって解釈の誤差が生じ、美術史家が鑑定していく際の困難を与える。

≪来歴≫
シャガールやキリコなどの作品において見られる例として実作者自身が判定するのではなく遺族が鑑定する場合に、しばしば本人作か否かの承諾が食い違うケースがまま、あった。

≪署名≫
フェルメールの作品に顕著なのだが、作品完成当時のネームバリューの関係で本人の名前とは別の名前を署名するケースがあった。

その他≪素材≫≪大きさ≫≪年記≫≪記名≫≪展覧会歴≫≪文献≫など。
19世紀は印刷技術が進展しておらず図版が悪かったので著述が非常に重要であったのである。つまり絵画を言語によって著述するということであるからそれがどれほど困難な作業を伴うものかは想像するにあまりあるだろう。そしてついにはiconographie、iconologieへ展開していくのである。

2004年06月17日

#2861 みうらじゅん

みうらじゅんは金玉と股のつけねの部分を手で擦る癖がある。2〜3回ぼりぼり擦ってその匂いを手で嗅ぐとうっとりするのだそうだ。「あー、おれたち(人類)は海から来たんだー」ってしみじみしちゃうらしい。
(「TR2」より)
(2004/06/17/20:06)

[関連記事]
#2065 ●●●●が3つある男
#1985 「勝手に観光協会@nonno」

2004年04月09日

訃報:: #2731 加山又造(日本画家)



15年ほど前、大学の卒業式で聞いた加山先生のはなむけの言葉が忘れられない。以来、自分の生きる指針になっているといっても言い過ぎでない。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
(2004/04/09/02:40)

2002年11月22日

#1708 永井博(グラフィックデザイナー、イラストレーター、ソウル音楽愛好家)

永井博がラジオのインタビューで興味深いことを言っていた。

山下達郎の1982年発表の『FOR YOU』は最初、永井のところにオファーが来ていたらしい。ところが、前年発表の大瀧詠一の『A LONG VACATION』がバカ売れしてしまったものだから、キャラがかぶるのを怖れて山下のスタッフサイドはオファーを引っ込めてしまった。そして、鈴木英人のあの有名なイラストレーションが生まれたのだという。

へぇー、初めて知った。歴史の偶然なんだね。『FOR YOU』はかなり聴いたけど、永井博のイメージじゃないよな。
ちなみにミロリィが美大生だったころ(1982〜86)は湯村輝彦の「ヘタうま」イラスト全盛期で、イベントなんかミーハーでよく観に行っていた。そのとき永井さんもたまに来ていて、2人のソウルR&B話をえんえんと聴かされたものだった(笑)。湯村さんと会って黒人音楽にイレこまなかったのは糸井重里だけって伝説があるくらい(爆)、湯村輝彦の影響力は圧倒的だったんだけど、永井博も見事に「やられた」口らしいんだよね。
(2002/11/22/19:38)

2002年11月02日

#1666 宗教工芸新聞



会社で購読している業界紙。たまに読むのだがとても面白い。神棚、仏壇仏具、葬具、寝台車等のTHIS YEAR'S MODEL、NEW COMER、最新のトレンドを比較対照、分析できる。日本の宗教工芸はかなりなアートであると最近ますます思うようになったよ。
(2002/11/02/19:42)

2002年07月09日

#1422 金剛界大日如来像の智拳の印



この手の形。日本人なら誰でも知っている手印。密教から山伏の修験道へ、そして忍者に至り、生生流転し、時代は下り・・・・・・、フジテレビのドラマ『やまとなでしこ』で「それじゃあ、ドロンしますぅ」なんて出演者に言わせていた(笑)あの手の形。うーん、気になる。
不眠症がさらにひどくなり、まったくパッパラパーな日記だけれども、今ミロリーヌの頭の中、大日如来像がくるくる回っているの(爆)。そしてこの仏像を見ていると気が安まるね。それではオヤスミナサイ。
(2002/07/09/03:25)

2001年02月16日

#364  ミロリイちゃんが影響を受けたARTIST


「君の眼が足から球に移る場合もあれば、色の方形(赤・青・黄)からScrape(木の棒に絵具をつけ右から左へこすったままFIXしている)にゆくこともあるだろう?旗や的(まと)を描いていた時は、眼は全体を一ぺんに見ることで、見るという事の意味を無意味にした。最近、こういうオブジェや行為の跡を使うのは、見る方法をまったく多様にしてしまいたいんだよ」

「一種のキュビズム?」

「いやキュビズムは外側の物体を見る見方の解剖図さ。ぼくは見ること自体の意味を、うんと混乱させたいんだ」

(ジャスパー・ジョンズと東野芳明との対話、1964年@TOKYO)

(2001/02/16/03:24)

2001年01月21日

#290 書物の歴史(2)(講義ノートより)

19850422(大学4年、23歳)

「観衆論」(東野芳明教授)…、講義ノート、より。

〇世界の中で日本は、風俗・文化・芸術の融合が特長としてある。
その中での「観衆」のもつ有りようについて、見つめてみむ。

例)1984年、ヨゼフ・ヴォイス展におけるアンケート&VIDEO撮影。
  文献をあさり、XEROXにて収集。(行間?)

(2001年註……なんのことか、さっぱりおぼえていない)

〇近代における観衆の成立=作家と観衆の分裂)
ルネッサンス以降、受け手が分岐した。

例)オランダ、フェルメール「手紙」…情景を見つめている視点が、カーテンのそでから
  隣室をのぞいている観衆の視点で描かれている。→所在の不在(どこにいるのか分からない)

〇記号=可視。言葉と視覚の問題に行きつく。あるいはMEDIA。

例)世阿弥「花伝書」の言及。(音と視覚について)

〇建築=本、という概念。(中世期の西洋の教会における) by M.マクルーハン
共通場の体験が活字の発明により、個のものに帰された。
→作家の自己表現(=目的意識=自分のために作る、ということ)を促し、観衆と分離していく。

〇同時期、キャンバス内の絵画表現、版画の躍進が、美術を教会から、TRANSーPORTABLEなものにした
(美術における場所性の喪失)

(結論)言語、キャンバス、楽譜の可動性が、観衆の起源である。

〇(現代)イメージカタログ(複製)が本物と比較されうる時代。重要視。
あるいはオリジナルを超越する場合もある。  例)POP ART

「本物もにせものの一種にすぎない」東野芳明

例)しかしながら、ダ・ヴィンチの素描展はすごい、と。
混んでいて斜め見をしたら、若い女に息をふきかけられた。あるひとつの体験。

例)あるいは、JJ(ジャスパー・ジョンズ)の描くことの意味性の消去のレトリックについて。
発想(=有意味)→表現(=あいまい、隠蔽、無意味)。
絵画の前に立つ観衆は、多様な体験をする。閉じているものから受け取る体験。

(after re-writing 20000708)

講義ノートをリライトしようと思いついた。ノートをつけたときの、自分の心のありよう、
記憶の底辺に沈んでしまっているものとの再会を目指して。

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